「わっ。はやいです。」
「おう。」

・・・・・・・・・・なんで俺は、待ち合わせ時間30分前に来てるんだろうな・・・?
ただのお礼のデートのはずだ。
でも俺は、こうしてここにいて、風子を迎える。

「風子、早く来て岡崎さんに文句を言うつもりでした。」
「もろくも失敗してしまいましたっ。」

「お前、そんなつもりだったのか・・・。」


いい天気だった。雲ひとつない晴天。
秋晴れという奴かな。
目も早くさめたし、時間も余裕があったので、汐を古河の家に預けてから、まっすぐここに来た。



「がんばってきてくださいねっ。」
「パパ、いってらっしゃい。」
「けっ。せいぜいしっぽりしてきやがれっ。」

「あっきー、しっぽりって・・・。」
「おう、それはな」

「答えるなぁぁぁぁっ!!」


今朝のやり取りを思い出す。
・・・あの後オッサン、汐に変な事吹き込んでないだろうな・・・。

「岡崎さんが一人で考え込んでますっ。」
「こんな人と出かけて、風子の貞操は大丈夫なんでしょうかっ。」

「・・・お前、人聞きの悪い事いうな。」
「だったらさっさと行き先を決めて下さいっ。」
「いつまでこんなところにバカみたいに立たせてる気ですかっ。」

か、かわいくねぇ・・・・。
だが、俺には秘策があった。

「ふふふ。そんな事言っていられるのも今のうちだ。風子。」
「な、なんですってっ。」

「これは今朝入手した情報なんだが。」
「はいっ。」

「今、隣町の水族館では、「世界のヒトデ展」なるものをやっているらしい。」

なんつーか、ものすごくタイムリーというか、ご都合主義なイベントをやっていたものだ。
ありがたくあやからせて頂くが。

「ヒ、ヒトデ展・・・・・・・。」
「どうだ。行きたいだろう。」

・・・・・・・・・。

「岡崎さん!こんなところで立ち話している場合ではありません!」
「うお!?風子、もう駅の前に移動済みッ!?」
「ああっ、岡崎さんは足が遅いです!風子が切符を買いますから、とっととここまで来てください!」

・・・恐るべき行動力だな。
風子のヒトデに対する執着、侮りがたし・・・・。






俺のおごりで入場券を買い、俺達はその水族館に入る。
・・・水族館なんて、小学生の時遠足で来た以来だ。


そのお目当てのコーナーに、一歩足を踏み入れた瞬間、
「わっ、ヒトデだらけですっ!」


予想通り、風子の喜びっぷりは尋常ではなく。
「・・・・・・・・♪」

水槽を見ては恍惚、気がつけばまた別の水槽を見て恍惚。
そんなにヒトデはいいものなんだろうか・・?


「見ろよ風子。オニヒトデだぞ。」
「・・・・・・・・・♪」
「こんなトゲトゲのヒトデでもオッケーなのか・・・。」

南の海に生息し、珊瑚を食い荒らすオニヒトデ。
手足が10本以上あり、それら全てが鋭いトゲに覆われている。

そんな嫌われ者でも、風子にとっては愛でるべき対象らしい。



「おおっ、ヒトデのくせに手足がないぞっ!」
「・・・・・・・・♪♪」
「オッケーなのか・・・。」

マンジュウヒトデというらしいが。
ヒトデパンなんて、前に風子は持ってきてたな・・・・。

はい。全然関係ありませんね。



「うわ。これまた虫みたいにちっちゃいヒトデだな・・・。」
体長は一センチほど。クモヒトデという種類らしい。

「まるで汐ちゃんの手のようです・・・・♪」

・・・汐の手か。

確かに汐の手を開いたら、小さなヒトデに見えないこともないかもな。
ちっちゃくてかわいいという意味では、両者は通じるものが・・・

・・・あるのか?




そんな感じで、ヒトデを見てるだけで昼が過ぎてしまった。
風子が恍惚としてるのを、毎回待っていたせいだが。

「はぁはぁ、興奮しました!」
「やっぱり、ヒトデは最高です!」

「はは。良かったな。」
「はい!」


俺達は、水族館の食堂で昼を取っていた。
食堂というには、汚くて小さなところだったが、ここからはイルカショーなんかをやる、大きな水槽が見渡せた。

「見ていくか?」
俺はその水槽を指差す。

「風子はそんな子供っぽいのは見ませんっ。」
「そうか・・・・・・・。」

「風子は、もう満足ですっ。これ以上はいっぱいで入りません。」
「ん?そんなに食べたのか?」

「そういう意味じゃないですっ!岡崎さんとっても失礼ですっ!風子は大食いじゃありませんっ。」
「冗談だよ。」
「たちが悪いです!」

「で、もう満足なのか?他にもどこか行ったり・・・」

「いえ。風子はもう満足です。これ以上他に行ったら、このいい余韻が失われますっ。」

「そうか。なんか悪いな。せっかくのデートなのに、水族館一本で済ませちまって。」
「いえっ!風子はこれ以上ないほど満ち足りていますっ!岡崎さんはちっとも悪くありません!」

「ん、そっか。お前がそういうなら、いいか。」
「はいっ!」



「あ、でも。」
「ん?どうした?やっぱりどこか遊びにいくか?」

「いえ、そうではないんですけど、付き合って欲しいです。」
「おう。いいぞ。風子の行きたいところ、どこでも言ってくれ。」

「はいっ。ではお言葉に甘えさせていただきますっ。」





駅を降りて、時間は3時過ぎ。
俺達は商店街に出る。

「商店街か・・・。で、どこにいくんだ?」
「はいっ。岡崎さんは黙って付いて来て下さい。」
「あいよ。」



買い物かな・・・。
こうして風子とウィンドウショッピングなんて、考えたこともなかった。

そういや、渚ともそんなことしたことなかったっけ。
いや、そもそも俺のデート暦って言ったら、あの一回きり。

高校3年の春、渚が倒れたあの日のデートだけか―――――
二人の距離は誰より近かったけど、近づいていく過程は、あまりに短かった・・・そんなことを思った。



「ここですっ。」
「って、ここは・・・。」

俺の行きつけのスーパーだった。
洋服とか見るんじゃないのかよッ!

「今夜の夕食のお買い物ですっ!」
「ああ、なるほど・・・。」

今日は日曜日。
風子の恒例、汐篭絡料理デーだ。

「いや、納得なんだけどな。」
「デートだぞ?いいのか?」

「岡崎さんは、風子の行きたいところどこでもいいって言いました。」
「ですから、ここもありなんですっ。」

「・・・・まあ、いいか。」



足を踏み入れればそこは、主婦達の戦場。
俺も初めのころは戸惑ったものだったが・・・。
すっかり今ではここの住人だ。

「今日も気合入れていきますっ。」
風子もここには、良く来てるみたいだな。



「さあ、岡崎さんはかごを持つんですっ。」
「・・・む。そら、そうだろうな。了解。」

風子にせかされ、俺は買い物ワゴンをひいてくる。

「まずはお米です。この前拝見したときは、だいぶ少なくなっていましたっ。」
「お前良く覚えてるな・・・。」

「もはや岡崎さんちの台所は、風子のホームグラウンドですっ。」
「最近は、家で作るより、料理がおいしく仕上がりますっ。」

「そりゃ、ないんじゃないか・・・。」
「目的がありますから。」
「目的?」
「はい。」

「それは、汐ちゃんを篭絡することですっ!風子のおいしい料理で、それなしでは生きられない体にしてしまうんですっ!」
・・・少し表現に問題がある気がするが。

「そうだったな・・・・。」
でも、だいぶそれは実現してる気がする。
最近、汐は俺の料理に満足していないみたいだしな・・・・。

くぅ、なんか悔しい。
やはり我流ではダメなのかっ。

「それに・・・。」
「ん?」

「自分の料理を人に食べてもらうことは、とっても嬉しいことです。」
「それを美味しいと褒めてもらえたら、これ以上の幸せはありません。」

「へえ、まともな事言うんだな。」
「すごく失礼ですっ!風子だってそういう幸せを感じてるんですっ。」

「そっか・・・。」
「そうですっ。だから、今夜も気合入れて作りますっ。」

「さあ、次は野菜ですっ。岡崎さんは、もたもたしないで下さいっ。」
「へいへい・・・・。」



ぽいぽいっと、風子は次々と品物をかごに入れていく。
どんな料理を作る気なんだ・・・。

「大体、岡崎さんちの冷蔵庫はいつもさみしいですっ。」
「中はがらがらで、毎日何を食べてるのかと不安になりますっ。」

「ああ・・・。買い物、そんな毎日いけるわけじゃないからな。」
「運がいいときは、早苗さんがおすそ分けしてくれるし。」

「そんな、運に任せていてはダメですっ。今日は買いだめですっ。ちゃんと栄養のあるものを食べるようにっ!」
「・・・・風子、お前、えらい心配してくれるのな。」

「――――っ、風子が心配してるのは、汐ちゃんだけです。汐ちゃんはこれからもっと大きくなるんです。だからきちんとした食生活を送って欲しいだけです。」
そういう知識も、姉の公子さんから教わったんだろうか。
子供っぽい子供っぽいって言ってきたけど、ちゃんと考えてるんだな・・・。



「あっ、今日は秋刀魚が安いです。」
「今が旬だからな。」
「おばさんっ、3匹下さいっ。」

スーパー奥の調理場で、せかせか動いていた一人のおばちゃんに声をかける。
「はいはい。」

おばちゃんはにこやかに、ビニール袋にさんまを入れていく。
「はい、どうぞ。若奥さん。」

「―――――!」
「・・・・・・・・・・い?」

「新婚さん?夫婦で買い物かしら?若いって、いいわね〜♪」

・・・・・・・違う、違うぞおばちゃん。
それは誤解だ。激しく誤解だ。著しく誤解だ。
俺達はその、デートで買い物に来てるわけであって、あ、でもその、デートしてるってことは、それなりの仲でもあるわけで、ああいや、そうじゃなくて俺はそんな気ないって言うかその



「おばちゃん、風子たちは夫婦じゃないです。」
「誤解しないでください。」

・・・え。

意外だった。
ぴしゃりと風子が言ってのける。

「あ、あらごめんなさいね。とてもお似合いだったから・・・。」

・・・・お似合い。

そんなに、俺達二人は馴染んでいるのだろうか?



「誤解されてしまいました。」
「え?」

その売り場から離れ、風子がつぶやく。
「風子たちは別に夫婦でもないし、恋人でもないです。」

「あ、ああ。そうだな・・・・。」
「でも、こう思うんです。」
「なに?」

「風子たちの今の関係って、一体何なんだろうって・・・。」

「・・・・・・・・・。」

そうだな・・・。
一体俺達の関係って、何なんだろう?

風子は俺の娘の汐が欲しくて、いつもうちにやってきてる。
で、俺はその風子にご飯を作ってもらってて、看病のお礼に、こうしてデートに誘っている。
・・・・・・強いて言うなら、三角関係、だろうか?

俺と汐は親子で、風子は汐が好きで、汐も風子が好き、で、俺は、汐を取ろうとする風子を邪魔してる・・・・と。
しかし、その俺もだんだん風子に惹かれてる・・・。

こんな感じか?
・・・まったく、我ながら奇妙な関係だ。

渚がいれば、こんなことには決してならなかったろうなぁ・・・。
・・・・・・・渚。






「いっぱい買いましたっ。」
「すげえ重たいんですけど。」

米袋二つ。じょ、冗談じゃないぞ・・・。
これで、家まで帰れってか・・・・。

「気合いいれてくださいっ。ほんとなら荷物は全部岡崎さんに持ってもらうところですけど、こうして風子も持ってあげているんですから、それぐらい我慢してくださいっ。」
「ぐうう・・・・。」

こいつ、鬼か・・・・。




ぺっぺっぺっぺ〜、ぺっぺっぺっぺ〜・・・。



はっ!この音は!
高校の時分より聞き続けてきた、まさに俺にとっての死を呼ぶ音色!

やばい・・・。近づいてくる。
回避・・・といきたいが、今の俺はあまりに重いハンデ(米袋)を背負っている!

俺に逃れる術は無し・・・。このまま運命に身をゆだねるか!
ああ・・。あれ痛いんだよなぁ・・・・。
ぐっ!俺も男だ!耐えてやる!!

さあ、どんと来やがれひき逃げ杏〜!!



・・・・・・・。



きき〜っ。



あ、あれ? ブレーキ?

「ふぅちゃんじゃない!やっほ〜♪」
「あ、杏おねぇちゃんですっ。」

「・・・・・・あ?」

見ればひき逃げ魔は、親しげに風子と挨拶なんて交わしてる。
この間のことで、二人は仲良しになっていたようだな・・・。

「あ、ロリコン変態パパ。いたの?」
「やっと気がついたか・・・・って、その呼び方やめれ。」

「ほんとのことじゃない。こうして今日も二人で援助交際してるんだから。」
「全開で人聞きが悪いからやめれ。」

「まったく、日本の警察は何をしてるのかしらね。ここで凶悪な犯罪が行われてるのに。」
「ちなみに、お前が高校のときに俺を轢いたのも犯罪だからな。」
「あれは、あんたがぼーっと道の真ん中を歩いているのが悪いの。」

「ばか。道路交通法じゃ、悪いのは常に車の方なんだよっ。」
「何よ。あんなのとっくに時効でしょ?男がそんな細かいことにこだわらないの。」
「細かくないっ!それに風子とも援助交際なんかじゃないからな。」

「へぇ。どうみてもオヤジと女子中学生のいけないお付き合いって感じよ?」
「誰がオヤジだ、誰がッ!」


「・・・・・風子を、無視しないでくださいっ。」


「あ。」
「ん?」

見れば風子は、少し沈んだ様子だった。
「お二人は、仲がいいですっ。」
「風子、ちっとも知りませんでした・・・。」

「ああ、こいつとは中学生の頃からの腐れ縁でさ。高校を卒業したあとも、まだ縁が続いてたのか、汐の幼稚園にこいつがいてな。」
「まったく、いい迷惑よ。汐ちゃんはともかく、またこいつと顔を合わせるようになるなんて。」

「そうなんですか・・・。」
「でも風子、俺達は、仲がいいってわけじゃないぞ?こいつはこうやっていつも憎まれ口をたたくしな。」
「・・・・・・・・なによ。いつもって訳じゃ・・・ないでしょ。」

「ん?そうか?」
「そうよっ。」

「なんだか、風子はお邪魔な気がしてきました。」
「え?なにいってるんだ。お前は―――」

「失礼しますっ。」


たったったった〜・・・。



「わっ、バカ、一人で走るな!その袋の中には卵とかも!」
それに俺は、走れねぇ・・・。

すばしこい風子は、あっという間に見えなくなってしまう。
足速いな、あいつ・・・。

「あ〜あ、嫌われたわね。」
「な、なんでだ・・・。」

「まあ、援交の結末なんてこんなもんじゃない?」
「だから、援交じゃねぇ・・・・。」
「・・・・・・・。」



「あんた、ふぅちゃんのこと、本気で好きなの?」


「な―――バ、ババババカいえっ!!」
「ふぅん・・・。そうなんだ。」

「な、なんだよ。違うぞ。お前が思っているような事とは。」
「援助交際相手にそこまで入れ込むなんて、あんた本当にバカねぇ・・・。」

「だから、援助交際じゃない・・・。」
「・・・・もういいわよ。追いかけてあげなさいよ。」

「え?だけど杏、俺はこのとおり米袋が・・・。」
「そんなの、後であたしがあんたのうちまで届けてあげるわよ。その、私も買い物があるから、その後だけど。」

「マジか!?恩に着る!」
「勘違いしないでよね。・・・後で、借りはきっちり返してもらうんだから・・・。」

「ああ、わかった。かならず返すよ。」
「忘れないでよっ!」



ハンデをはずした俺は、風子を追って駆け出す。

・・・いや、別に恋人同士って訳じゃないんだが。
なんか、女の子が一人で走り出すと、追いかけたくなるのが男心なんだろうか?
っていうか、だいたいなんであいつは逃げたんだよ・・・。

・・・・・・・。

あいつ、逃げたって言っても、買い物袋を持ってるから、俺の部屋にいるよな。
・・・このまま行っても、いつもの口げんかになるのが関の山だな。
何かもっていったほうがいいのかな・・・・・・。


ふと、商店街のおもちゃ屋に目を留める。
・・・・・・・・・ふむ。





「杏おねぇちゃんとしっぽりなんじゃないんですかっ。」
「バカいえよ・・・。」

予想通り、風子は俺の部屋にいた。
冷蔵庫に野菜とかを収めている。
卵は・・・。流しにパックごと放置されていた。

(割れたか・・・。)
少し脱力しつつ、風子に目を向ける。



「なあ風子。誤解するな。俺は杏とはなんの関係もない。ただの腐れ縁、汐の保護者と先生の関係だ。」

「そうでしょうか・・。杏おねぇちゃんは、違う気がしますっ。」
「ばかいえ。そんなわけないだろ。」

「風子はいづらくなったんです。だから離れましたっ。」
「岡崎さんこそ、なんで風子を追ってきたんですかっ。」
「風子と岡崎さんは、夫婦でも恋人でもないですっ。」

「あ〜・・・。確かにそうだ。」
俺だってわからない。なんで風子を追いかけたのか。
男の性、なんつっても説得力がないし。
それは俺自身に対してもだ。



「だからって、逃げた奴を放っておけるか。お前だって、汐が自分のせいで逃げたって思ったら、追いかけるだろう?」
「それは・・・・。そうです。」

「ああ。それにな。俺達は夫婦でも恋人でもないって訳じゃない。」
「・・・え?」



「俺達はな、汐の保護者だ。きっと、そういう関係なんだ。」

「保護者・・・。」
「ああ。俺は汐を愛してる。それに、お前も汐が好きだ。誰よりも大事に思ってる。」
「それってさ、汐を守る・・・保護者なんじゃないのか?」

「・・・風子が、保護者ですか?」
「おう。そうだぞ。たまに汐をさらおうとする、危険なところもあるけどな。」
「岡崎さん・・意地悪ですっ。」

「ああ・・・。だからお詫びだ。」
俺は、さっき手に入れたそれを、風子に放る。



ぽふっとうけとるそれは、おもちゃ屋で見つけた至極の一品(誇大広告
「あ・・・・・・ヒ、ヒトデですっ。」

・・・俺の買ったのは、黄色い星型クッションだ。
ま、きっとそういうと思ってた。

「もらっていいんですかっ。」
「おう。それがお詫びと、今日までのお礼。」
「え・・・・・・っ」

「それから・・・。これからもよろしく。風子。」
「あ、ありがとうございますっ・・・・。」
「風子は、嬉しいです・・・・・・っ」

うわ! ぼろぼろと風子が泣き出した!

「バカ、泣くな!俺が悪い事したみたいだろ!」
俺はあわてて風子に駆け寄り、目の前で立ち止まる。
・・・・・・で、どうしたらいいんだ。

抱きしめるものなんだろうか。
あ、いや、いいのかな、その、そんなことして。

う・・・。とりあえず頭をなでよう。
汐にやる時みたいに。

「よしよし・・・・。」
「う・・・。子ども扱い、しないでくださいっ・・・。」

「え?」
「風子は、大人なんです・・・。だから、そんなんじゃダメなんです・・・。」
「う・・・。」

風子の、暗黙の申し出。 「分かった・・・・。」



俺は、風子を正面から抱きしめる。
俺の意思で、風子を、まっすぐに見つめて。

・・・・いいにおいがする。
風子の髪のにおい。

俺の胸ほどしかない風子を抱きしめて。
俺の中にある、風子への想いが吹き出そうになる。

窓から差し込む光は茜。
夕日の中で抱き合う二人。



う・・・・・・。ものすごく恋人っぽいシチュエーション。
誰かに見られてたら、いい訳不可能だ・・・。

風子は俺の胸の中で泣いている。
その隙に俺は、ふと後ろを振り向いた・・・。








そこには、ありえない人がいた。


「渚・・・・・・。」
彼女は呆然と、俺と風子を見つめている。

入り口のドアの影になっているが、あれは、渚だ。
あの姿を、俺は見間違えるはずがない・・・・。


俺は、身を引き裂かれるほどの罪悪感にとらわれる。
目の前で、よりによって目の前で、あいつ以外の女と、こうして抱き合ってるなんて・・・・。

「パパ!」
そう、汐も悲しむ・・・って汐!!?

「やっぱり帰ってたんですねっ。」
「早苗さん・・・・。」

「わわわっ。」
風子も気がつき、あわてて身をはがす。

「やっぱり、なかよし。」
汐が満足そうに俺達を見る
。 その、早苗さんにだっこされた状態で。



「な、なんでここに?」
「はいっ。汐ちゃんから、いつもこの時間は、風子ちゃんが家のご飯を作ってる時間だから、戻りたいというもので。」
「でも、お邪魔だったみたいですねっ。」

・・・・・・・・・。

そうか。どうやら俺は、早苗さんにだっこされた汐を見て、渚と勘違いしたらしい。
ぐう・・・。やましい気持ちが、そんな幻覚を・・・。


「汐、うれしい。」
「はうっ、汐ちゃん、やっぱり風子は手篭めにされてしまいましたっ。」

「てごめ?」
「おまえ、またそんな・・・。」
「どんな事をしてたんですかっ。」

「さ、早苗さん・・・・!?」
なんてこった。早苗さんまでそんなことを聞いてくるなんて。

「私もご飯を作るのを手伝いますから、今日何があったのか、ゆっくり聞かせてくださいねっ。」

えー・・・・・。





こうして、俺と風子は、早苗さんと汐、それに・・・・。



「やっほー。朋也、美人のお米屋さんの登場よ〜。」 「げげ・・・・・・。」

米を届けに来た杏も加わって、夕食は散々イジり倒された・・・・。
風子は赤いわ俺も何も言えないわで、もう言い訳なんて出来ない状態で・・・。



「ふぅ〜ん。そうなんだ〜・・・。それで、1万円ってとこ?」
「なんですかっ、1万円って。」
「おまえはまだそんなことを言って・・・。」

「お二人は、もう熱々ですねっ。」
「あつあつ〜。」


「はぁ・・・・。」



今日は散々。
でも、いい日だった。
にぎやかな食事を楽しめたし。うん。

ああ、明日からまた、がんばるか―――