「明日、仕事が早いんだ。」
「そうなんですか。」
「ですか。」
もはや言うまでもないが、今は日曜日の夜。
風子を囲んだ、夕食の最中だ。
「だから、汐を保育園に送ることが出来ないんだ。」
「そうなの?」
「ああ。ごめんな。汐。」
「ううん。」
「困りましたねっ。」
「そうなんだ。困ったもんだ。」
「こまった。」
「それじゃ、風子が送」「でだ。明日は早苗さんに頼もうと思うんだ。いいだろ?」
「うん。」
「よしよし。そういうと思って、今日古河の家に行ったとき、もう頼んでおいた。」
「俺は朝ごはんを用意して家を出るから、お前はそれを食べてくれ。」
「早苗さんは、その間に来ると思う。」
「わかった。」
「おう。・・・悪いな。汐。」
「ううん。パパはがんばってるから。汐もがんばる。」
「汐、そんな事言ってくれるなんて、パパは嬉しいぞっ!」
「うん。あしたもパパ、がんばって。」
「おう!頑張るぞ、汐のためになっ!」
「はははっ。」
「待って下さいッ!!!」
・・・・・・・・。
「こら風子。大声を出すな。隣に聞こえるだろう。」
「風子が、汐ちゃんを送迎しますっ。」
「ダメだ。よし汐。銭湯に行こう。」
「うん。」
「あっさり却下ですかっ。どうしてダメなんですかっ!」
「お前は汐をさらうからだ。理由以上。」
「風子は汐ちゃんをさらったりしませんっ。妹にするだけです。契りを結ぶだけですっっ!」
そのうちロザリオを持ってくるんじゃないだろうな・・・・。
「ばか。そもそもお前じゃ安心して汐を任せられないんだよ。」
「風子は安全な女ですっ。後腐れの心配もありませんっ。」
「お前はどっからそんな変な知識を持ってくるんだっ!」
意味分かって言ってるのか?
「俺の知る限り、お前ほど危険な女はいないぞ。」
「・・・・・・。」
「それは、岡崎さんは危険な匂いのする女が好み、ということなんでしょうか。」
くあ・・・・・・。
またお前は、そんな顔をするっ。
訳の分からんことを言うのに、しおらしい顔しやがってっ。
むぅ〜・・・。
・・・感染ってる。
「だーかーら・・・。何でそんな話になるんだよ。」
「とにかくですっ。」
「送迎は風子がしますっ。もう決めましたっ。」
「ばかばかっ。お前が勝手に決めたってダメなんだからなっ!ダメなもんはダメだ!」
「ふぅちゃんと、いきたい。」
「え。」
「へ。」
・・・・・・・・それはまさに、鶴の一声といえたわけで。
「ふぅちゃんと、いきたい。」
にこにこしてる汐。
「・・・・・・・・・いいのか?汐。」
「うん。」
屈託ない返事。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「汐ちゃんは、風子の味方ですっ。」
「ばかな・・・・・・・・・。」
よろよろとする俺。
ここまで、ここまで風子は、汐を手なづけていたというのか・・・・。
「では風子はこれで失礼します。明日に備えて、早く寝るので。ではっ!」
言うが早いが、風子は風のように立ち去っていく。
・・・・・今日は、メシの片付けもなしかよ。
くそ。あいつ、俺が文句をつける前に逃げたんだな。
これじゃ明日、あいつに任せるしかないじゃないか・・・・。
「パパ。」
うなだれる俺に、汐が声をかける。
「汐・・・・・。」
「パパ。ふぅちゃんとなかよくして。」
「え・・・・・・。」
思いがけない言葉だった。
「汐は、パパも、ふぅちゃんもだいすき。」
「だから、パパとふぅちゃん、なかよしだと、汐うれしい。」
「汐・・・・・・・・。」
そうか。こいつは、俺と風子がけんかしてるように見えたんだ。
だから、あんなことを・・・。
「パパと風子が仲良しだと、汐は嬉しいか?」
「すごくうれしい。」
「そうか・・・・・。」
その後、汐と銭湯から帰った俺は、早苗さんに電話。事情を話し、その了解を得た。
「すみません。お願いしておいて。」
「いいえ。朋也さんは気にしなくていいんですよ。それよりも。」
「はい。」
「風子ちゃんと、仲良くしてあげてくださいねっ。」
・・・・・・・・・。
少し考えた後、はいと答えた。
亡くなった妻の母親に、他の女と仲良くしろと言われると、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はぁ・・・・。」
これで、いいのかな。俺・・・・・・・。
汐を寝かしつけるも、俺は風子のことで、あまり眠れなかった・・・。
「おはようございますっ!」
岡崎さんの心配は、まったくの杞憂です。
風子はこのとおり、ばっちり汐ちゃんを迎えにあがりましたっ!
「ふぅちゃん。おはようございます。」
「・・・ああっ、やっぱり汐ちゃんはかわいいですっ。」
ぺこっと頭を下げて、汐ちゃんの朝の挨拶ですっ。
「それに制服姿もとってもかわいいですっ。」
「はははっ。」
「ああっ、汐ちゃんが照れてますっ。ますますかわいいですっ!」
「ふぅちゃん、いこう。」
「は、はいっ、そうでしたっ。」
「風子は汐ちゃんを幼稚園に送らないといけないんですっ。」
「汐ちゃんをこのままさらってしまいたいですが、ここはぐっとこらえますっ。」
「ふぅちゃん、かぎ。」
「ああっ、汐ちゃんの手はかわいいですっ。」
「ちっちゃいヒトデのようですっ。」
「あ、部屋の鍵ですね。風子は確かに預かりましたっ。」
かちり。
「戸締りはバッチリです。」
「うん。」
「では、いきましょう。」
きゅっ。
「ああっ、汐ちゃんの手が風子の手を握ってますっ。」
「あったかくて気持ちいいですっ。」
「ふぅちゃん。」
「は、はい。そうでした。こんなことしてたら遅刻してしまいます。」
「うん。」
「こっち。」
「わかってますっ。汐ちゃんの幼稚園までの道は、バッチリ記憶してますっ。」
「すごい。」
「汐ちゃんのことは何でも知ってますっ。」
「はははっ。」
・・・・・・・・。
「ああ、もう幼稚園が見えてきました。」
「汐ちゃんと過ごす時間はあっという間です。」
「風子も幼稚園の中に入っていいですかっ。」
「う〜ん・・・。」
「ダメ、だとおもう。」
「やっぱりそうですかっ。」
「ダメもとでしたが、そうですかっ。」
「でも、こうはっきりと言われるとショックですっ。」
「おはようございま〜す、おはようございます〜。」
・・・なんでしょう。
幼稚園の門で、なんか変な女が朝の挨拶をしまくっていますっ。
「あら、汐ちゃん。おはようございます。」
「おはようございます。せんせい。」
「今日もかわいいわね〜・・・。ん?」
「・・・・・・・なんですかっ。」
その遠慮のない視線が、風子の肢体を嘗め回しますっ。
「あれ、今日は朋也と一緒じゃないの?汐ちゃん。」
「パパ、きょうははやくでなくちゃいけなかったんです。」
「へ〜、そうなの〜。朋也も大変ねぇ。」
「うん。」
「でさ、汐ちゃん。その人は何なの?」
「ふぅちゃん。」
「ふぅちゃん?朋也に頼まれた、近所の小学生か何か?」
「とても失礼ですっ!」
「わわ。ごめんなさい。中学生だったのね。」
「むぅーっ!風子はもう大人ですっ!」
「はいはい。わかったわかった。ふぅちゃんはもう大人だもんね。子ども扱いしてごめんね?」
「むむぅ〜っ!全然信じてないですっ!!」
「風子はこう見えても、岡崎さんに手篭めにされかけましたっ。」
「それは風子が大人だからですっ。」
・・・・・・・・。
なんだか他のお母さん達が、風子を見てますっ。
とても不愉快ですっ。
「あ、あいつ・・・・・・・。」
「どうしましたかっ。」
「こんな小さな子を手にかけようなんて、何考えてるのよあいつはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「わっ。すごい迫力ですっ。」
ぐわしッ!!
「ふぅちゃん、へんな事されなかった?変なものくわえさせられたり、変なもの入れられたりっ!」
「か、肩を掴んでがくがくしないで下さいっ。」
「ああ〜っもう、こんなかわいい一人娘がいながら犯罪に走るなんて・・!」
「はっ、まさか朋也、汐ちゃんにむらむらして、それでこういう道に走ったんじゃ!」
「なんだか一人で話が進んでますっ。」
「それに、周りのお母さん達の注目の的ですっ。」
汐ちゃんは、もう行ってしまったようです。
「そうよ、きっとそうだわ・・・。」
「確かに汐ちゃんはかわいいし、」
「親だってことで着せ替えし放題だし、」
(パパ、これでいいの?)
(ああ。汐はかわいいなぁ。)
(ひらひらするよ?)
(そのひらひらがいいんだ。)
(ふぅん?)
(汐、くるっと回ってお辞儀してくれないか?)
(ん?)
くるっ。
ぺこっ。
(はうぅっ。)
「一緒にお風呂に入って、いたずらだって思いのまま・・・!!」
(汐の体は小さいなぁ。)
(パパは、おっきい。)
(今に汐も大きくなるぞ。)
(ほんと?)
(ああ。特にこの部分・・・。)
(ん?)
(ここだぞ。ここ。)
(んっ、なんかくすぐったぁい・・。)
「でも、それが行き過ぎてしまったのね、朋也・・・・。」
「何か遠い目をしてますっ。」
「おまけに鼻血も出してますっ。」
「汐ちゃんに、直接手を出さなかったところに、あいつの一握りの良心を感じるけど。」
「でもね朋也。あんたの取った軽率な行動は、もう一人のいたいけな少女を不幸に追いやったのよっ!」
「妄想に入って、鼻血を垂れ流しで、こっちの話を聞かないなんて、ものすごく恥ずかしい人です。」
「こんな人にはなりたくありませんっ。」
・・・なんでしょうか。
少しだけ胸が痛む思いですっ。
「ふぅちゃん!」
「は、はいっ!」
「貴方の仇をうってあげるわ!」
「仇・・・ですか?」
「そうよ!この度の狼藉、例え天が許しても、この藤林 杏が、絶対に許さないッ!!」
「ふぅちゃん、私と一緒に、朋也をやっつけましょう!」
・・・・・・・・・・。
「だめですっ。」
「え?」
「岡崎さんをやっつけたら、汐ちゃんが悲しみますっ。」
「あ・・・・・・・。」
「でも、それじゃあなたが可哀想過ぎるわ!」
「いいんです。風子は平気です。汐ちゃんのためになら、何だってする覚悟ですから。」
そうです。風子は汐ちゃんを妹にするためになら、どんな手段も使うつもりですっ。
「あああ・・・・・っ。」
「わっ、目元に涙ですっ。」
「あなた、なんていい子なのっ!」
ぎゅ〜っ。
「わわっ、抱きしめられてますっ。」
「わかったわ・・・。貴方の覚悟は良く分かった!」
ぱっ。
「ふあ、ああ、苦しかったですっ。」
「でもねふぅちゃん、辛くなったらいつでも言ってね!?私が、絶対に貴方を助けてあげるからっ!!」
「はいっ、ありがとうございますっ。」
「ふぅ・・・。じゃあまたね。ふぅちゃん。」
「はいっ。えーっと、藤林先生っ。」
「あらやだふぅちゃん。先生なんて言わなくていいから。」
「ですが藤林先生は、汐ちゃんの幼稚園の先生ですっ。」
「ん〜、確かにそうだけど、でも、私はこれからは、ふぅちゃんの心強い味方なんだから。」
「杏おねぇちゃん、って呼んで欲しいな。」
「そうですか・・・・。わかりましたっ。杏おねぇちゃん。」
「あはは、やっぱり「おねぇちゃん」って、いいな〜♪」
「・・・・?では、汐ちゃんをお願いしますっ。」
「もちっ。任されて!」
そういって杏おねぇちゃんは、風子にウィンクをひとつくれると、幼稚園の中に入っていきました。
風子にまた一人、味方が出来ましたっ。
これでもう、汐ちゃんを風子の妹にするのも夢ではありません!
時代は、風子に傾きつつあるんですーっ!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どしたの?パパ。」
「いや、なんだか妙に周りのお母さん達の視線を感じるんだが・・・・。」
朝の、汐の幼稚園への付き添い。
しかし今朝はなんだか様子がおかしい。
こういうのはそう、初めて汐を幼稚園に連れて行ったときに似ている。
人の顔を見て頬を赤くしたり、ひそひそ内緒話をしたり、すごく気になる。
最近じゃ挨拶もしてくれるようになってきたって言うのに、これじゃ以前の逆戻りじゃないか。
「お、今日は杏が挨拶当番か。」
幼稚園の門の前で、園児とそれを連れてくる母親達に、笑顔で挨拶をする杏。
その姿を見つける。
「あ、そうだ。ひょっとしたら杏なら、この妙な視線の理由をしってるかもな。」
ここのお母さん達の注目を集めているんなら、原因はきっと幼稚園にあるんだろうし。
「おーい、杏〜。」
遠くから声をかけ、手を振ってアピール。
それを見た杏は、にこっと笑った。
お、今日は機嫌がいいみたいだな。
たったっと走りより、杏に挨拶をする。
「おはようございます。藤林先生。」
「おはようございます。」
「おはようございます。汐ちゃん。」
「そして・・・。」
「ん?」
「おはようこのロリコン変態パパァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!」
どごすぅっ!!!!!
・・・・・・・・。
あ・・・・・・。なんか、空飛んでる。
天地がくるくる回ってるよ・・・・・・。
(あ・・・。ついやっちゃった。)
(昨日ふぅちゃんから止められてたけど、やっぱり我慢できなかったみたい。あはは〜♪)
なんか・・・。杏の声が聞こえる・・・・。
あはは・・。そうか風子がなんか言ったのか・・・・。
謎は解けたぜ。さすが杏先生・・・・。
はぁ・・・・。
今日は、会社・・・・・
ずしゃっ!!
―――――――――やすもう。