「え?汐ちゃんなら、もう帰りましたよ。」
「・・・・・・・・は?」

汐を迎えに行った俺を迎えたのは、汐を受け持つ、市井先生の信じられない言葉だった。
「保護者だっていう方が来たんですよ。」
「そ、そうなんですか・・・。」

なんだ・・・。俺はまた最悪の事態が発生したのかと。

早苗さんか、またはオッサンがきたのだろうか。
あの二人は汐の祖父母に当たるし、保護者と言えるな。

「ええ。小さな女の子で、保護者って言い張ってて。でも、汐ちゃんもその子を知らない風でもなかったので。」

「小さな女の子・・・・・・?」

・・・・ああ。
そういうことか。

「あの・・・。今度からそいつが来ても、汐を渡さないで下さい。」
「え・・・?それって・・・?」
「そいつ、保護者でもなんでもないですから。」

それを聞いた先生の顔が見る見る蒼ざめていく。
「あ・・・・あ・・・・・・それってまさか・・・!!!!!」
「あ、いや、そういうことじゃないです。」
「け、警察に届けなくて・・・・!!!!?」

「ああ、大丈夫です。心配する事じゃないですよ・・・・。」
「明日、必ず汐を幼稚園に連れてきますから。」
「そ、そうですか・・・?」

「ええ。それじゃ、明日。」

俺はにこやかに去る。
その後ろでは、俺の事を不安そうに見ているであろう、若い先生の姿が想像出来た。



・・・・そう遠くに行ってはいないと思っていたが。

あの小さな二人だ。
5歳の汐が一緒では、歩みも遅いだろう。
いくらアイツが、いつも元気に走り回っている奴だとしても。
俺はあいつが通るであろう道を予測して、その道を幼稚園からたどっていた。

アイツの向かう先は、アイツの家。
以前、渚と共に訊ねた事があるので、場所は知っていた。
そして・・・。見つけた。



「おい。そこの人さらい。」

俺は後ろから声をかけた。

「誰が人さらいですかっ。」
汐の手を引いていた、その小さな姿が振りかえる。

「あ、パパ。」
「おう、パパが助けに来たぞ。」
「わわっ。」
その子は汐の手を引いたまま、家の塀に背中から貼りついて、ぎゅっと目を閉じた。

汐もそれを見て、真似る。
「・・・・・・・・・。」

「汐、真似なくて良いから。」
「?」

「こいつはな、これで隠れているつもりなんだ。」
「かくれんぼ?」
「・・・一瞬で鬼確定だな。」

俺はそいつの鼻を、きゅっとつまんでみた。
「・・・・・・・・んーっ。」
「むむ。なかなかしぶといな。」
「しぶとい。」

「おいこら。汐から手を離せ。」
俺はぎゅ〜っと汐の手を握る、そいつの手をはがしにかかった。
それは汐とほとんど変わらない、小さな手だった。

「わわわっ」

俺の手が自分の手にかかるや否や、ぱっと手を離す。
「な、な、なにするんですかっ。」
そいつ・・・伊吹 風子は、顔を真っ赤にして俺に食いついてきた。

「それはこっちの台詞だ。勝手に保護者かたって、人の子供を誘拐するんじゃないっての。」
「それは違います。風子はちゃんとした汐ちゃんの保護者ですっ。」

「ほう。お前がいつから保護者になったんだ。」
「汐ちゃんは将来必ず風子の妹になります。ですから、今保護者を名乗っても問題ないのです。」
「おい・・・・。」

「今かこの先かなんて、些細なことですっ。」

ムチャクチャだ・・・・・・。

「そういうわけですので、これからも汐ちゃんを迎えにいきます。」
「そして、毎日を共にすることで、じわじわと汐ちゃんを懐柔していくのですっ!」
「待て。勝手に決めるな。送り迎えは父親の俺の役目だろっ。」

「汐ちゃん。あなたのお父さんは、ケチで矮小な、器の小さい人間です。」
「わいしょー・・・?」
「・・・・なぜそこまで言われねばならん・・・・。」



「今日の風子は、汐ちゃんをただ誘拐しようとしていた訳ではありません。」
「誘拐しようとしてたのか・・・。」
「こうやって一緒に歩きながら、風子は汐ちゃんの好物を聞きだしていたのです!」

ぐっとこぶしを握る風子。
そしてにこっと笑って、汐に話しかけた。

「しーおちゃん。汐ちゃんが好きな食べ物は何ですか?」
「はんばーぐ、だいすき。」
汐はにこにこと答える。

「パパの作ったチャーハンも好きだよな。」
「うん。」
「はいっ、アレは美味し過ぎますっ。実は風子はアレを狙って、いつもお昼ごろに岡崎さんの家に行っているのは秘密ですっ!」
目をきゅっと瞑って、興奮して話す風子。

「・・・別にお前には聞いていないが。」

つーか、そうだったのか・・・・。

「はっ!風子、まんまと岡崎さんの誘導尋問にはまってしまいました!」
「はめてねえ・・・・。」
「それに、微妙に本題からそれています!」

「ああ・・・・。で、好物を聞いて、どうする気だったんだ?」
「それを言うわけにはいきませんっ。これは「風子の汐ちゃん懐柔大作戦」の大事なステップなんですっ!」

まっすぐなネーミングだ・・・。
変に凝っててもいやだが。



「ふーん・・・・。」

俺は風子の手を見る。
さっきから俺は汐しか見ていなかったが、よく見るとこいつは、もう片方の手で、スーパーの買い物袋を提げていた。

「ふむ・・・。なるほど。汐の好物を自分で作って食べさせて、汐を釣るつもりか。」
「なっ、なっ、なぜ分かったんですかっ!岡崎さん、エスパーですかっ!」
「いや・・・。いい。」

「パパ。」
「ん?」
汐がくいと袖を引く。

「はんばーぐ、たべたい。」
こいつは釣られかかってるし・・・・。

ふうとため息をつき、俺はしゃがんで、汐と視線を合わせた。
「いいか汐。今回はよかったけど、知らない人についていっちゃだめだぞ。はんばーぐ食べさせてあげるって言われてもだぞ。」
「だめ?」
「そうだ。だめだぞ。もしかしたらそのせいで、汐はもうパパに会えなくなっちゃうかも知れないんだ。」

「いや・・・・。」
悲しそうな顔。
「いや、パパとあえなくなるの、いや。」
「そうだよな。だったら、パパと約束だ。」

俺が小指を出すと、汐もその小さな小指を出した。

「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます、ゆびきった、げんまん。」」

「やくそく。」
「ああ。パパとの約束だ。」
「うん。」

「よし、じゃあ帰るか。今日はパパがハンバーグを作ってやるぞ。」

「わあ。」
「うれしい。」
汐がにっこりと笑った。

「あ、あの。」


「て、つなぎたい。」
「よしよし。」
俺は汐に手を伸ばす。


「風子を・・・。」


汐はその小さな手を伸ばし、俺の手を握った。
「パパのて、おっきい。」
「はっはっは。」

俺たちは仲良く手をつないで、歩き出した。

「風子を・・・・」




「風子を、無視しないで下さいぃぃぃぃっ!!」

後ろから大声。
「あ。」

風子が頬をぷうと膨らませて、そこにいた。
「すまん。忘れてた。」

「もう、とても失礼ですっ。」
「町を歩けば誰もが振り向く風子を無視するなんて、岡崎さんの目は腐ってますっ。」

「いや、確かにある意味振り向くかもしれないが。」
「風子はご機嫌斜めなので、このまま岡崎さんの家に行きますっ。」
「な、何言ってるの、お前。」

「もう何を言っても無駄ですっ。こうなった風子は、たとえおねぇちゃんでも止められませんっ。」
「あ、あのな、そのおねぇちゃんが、公子さんが心配するだろうがっ!」
「その・・・。もう少しで夕方だしな。」

「・・・・・・・・。」
「それは、風子のことを気遣っているのでしょうか?」

「!」

「あ、いや、まあ・・・・。」

俺はなぜか口ごもる。
その、風子のしおらしい態度に。
「でも問題ないです。家には連絡します。だから岡崎さんが心配することはないんです。」

「あ、あのな・・・。」
どうしてもうちに来る気らしい。

「岡崎さん、人間は諦めが肝心です。」
「その点風子は、とても潔い女の子です。」

・・・じゃあとっとと懐柔だの何だのあきらめてくれ・・・。

「では行きましょう。汐ちゃん。」
そう言って、さっきのしおらしい態度はどこへやら、汐の手をとって俺たちのアパートのほうへと歩き出した。
「はぁ・・・・。」
こいつには、やっぱり何を言っても無駄だと悟る。

「汐。」
「?」

呼ばれた汐は、風子と手をつないだまま、俺のほうに振り向いた。


「かまわないのか?」 「うん。」

そう答えた娘の顔は、なぜか笑顔だった。
汐は、風子が来ることを喜んでいるんだろうか・・・・。



俺たちは、三人で並んで歩いた。
汐を中心に、俺と風子が汐の両手をそれぞれつないでいた。

楽しそうな汐、それを見て幸せそうに笑う風子。(いや、向こうの世界にトリップしてそうな笑顔ではあったが)
他人から見れば俺たちは、どんな関係に見えるのだろう・・・・。



「岡崎さん。」
「ん?」
道中、風子が話しかけてきた。

「今日の夕ご飯は、風子が作ります。」
「な、なにぃ?」
「この材料を買ってきたのは風子です。それに、岡崎さんの家は、今夜はハンバーグです。」

「そしてここに、ハンバーグを作る気満々の美少女がいます。」
「そういうわけで、風子が作ることに決まりました。」

「岡崎さんは果報者です。」
「こんなにかわいい女の子に、夕ご飯を作ってもらえるんですから。」

「はんばーぐ・・・。」
よだれをたらす汐。
「・・・・。」

「ちゃんと食べられるんだろうな。」
ほかにも言いたいことはたくさんあったが、ぐっとこらえて言葉を搾り出した。

俺がこう言ってしまった以上、風子が作ることはもう決定してしまったが・・・・。
どうせ言っても無駄なので、まあ、こらえておく。

「当然です。こう見えても風子、料理の練習はばっちりやってます。」
「確かに、この前来たとき、そんな事言ってたな・・・・。」

「おねぇちゃんの指導の下、風子は毎日厳しい特訓に耐えているのですっ。」
「それはすごいな・・・・。」

「我慢強い風子でなければ、あの特訓には耐えられませんっ。」
「その成果を味わえる岡崎さんは幸せです。」
「風子に深く深く感謝してください。」

「そういうことはおいしく作れてから言えっての。」
「今かこの先かなんて些細なことですっ。」
「わかったわかった。感謝してるよ。ありがたいよ。」

「なんだかなげやりですが、いいです。風子はがんばります。」
「そうか。」
「ふぅちゃん、がんばって。」

そう、汐が言った。
「あ・・・。」
「がんばりますっ。」



なんだろう。今の間は・・・。




「いつきても狭いですっ」
俺たちの家に招きいれた、風子の第一声がこれだ。

「お前、マジ正直な。」
すぐに台所に向かう風子。
「部屋が狭いと、キッチンも狭いですっ」

「やっぱお前、出てくか。」
「えっ。すみません今のは忘れてください。」
「ったく・・・。」

「では、早速取り掛かりますっ。お二人は邪魔なので、テレビでも見てて下さい。」
「ああ。そうするよ・・・・。」



まあ、本当にいきなりテレビを見てくつろぐわけには行かないのだが。
「汐、着替えよう。」
「うん。」

俺はするすると汐の服を脱がせる。
洗濯も父親の仕事だ。

「岡崎さんは、汐ちゃんを脱がせて興奮してますかっ」

「するかっ!」
「?」

子供の前で、なんつう事を聞くんだこいつは・・・。

「あせ、かいた。」
「じゃあ、あとで銭湯に行くか。」

「風子もいきますっ」
「お前は料理してろ。」
「風子も汗をかきましたっ」
「料理は大変です。」

「お前、まだ何にもしてないじゃないか・・・・。」
「岡崎さんが邪魔をしてるんですっ。風子はいつもなら、ハンバーグぐらいの料理、とっくに焼き始めていますっ」

それはうそだろ・・・。

「風子は気が散ってしょうがありませんっ」
「わかったよ。黙ってるよ。」
「だまる。」



俺と汐は黙々と服を着替え、かごにいれる。
銭湯の近くのコインランドリーに、ついでに持っていくのだ。

ちらと台所を見ると、風子は料理に熱中し始めていた。
手際がいいのは意外だった。
よっぽど練習しているんだなと、素直に感心する。

その中で風子が、ハンバーグを妙な形に練っているのが気になったが・・・。






「・・・・・・・・・・・・でだ。」 「うん。」
「なんでしょうかっ」

「ハンバーグだけではなく。きちんとご飯も炊いて、サラダも用意され、付け合せも充実というすばらしい夕食が出来上がっていたことは正直驚愕だ。」
よくぞ風子をここまでの腕に仕上げたものだ。公子さんは。

「なんだか失礼ですっ」
「いや、実際侮っていた。お前はすごい。」
「・・・・。素直に喜んでいいんでしょうか。」 「すごい。」

「汐ちゃんに言われると、素直に喜べますっ」
「いや、だがな・・・・。」

俺たちの皿の上に並ぶそれは、確かにハンバーグではあった。
焼き具合も上々。
しかし、それは風子の趣味を如実に表したものとなっていた。

「・・・・星型か。そういえばこの前うちに来たときに汐にあげたパンも、星型だったな。」
「おいしそう。」
「よかったですっ」

「まあ、子供が喜ぶデザインではあるな。」
「万人が万歳三唱して喜びますっ」
「ま、いいや。ではいただこう。」

「いただきます。」

「はいっ、どうぞっ。」
真っ先に星型のハンバーグに箸を伸ばす汐。
風子はそれをみつめている。

「おいしい。」
汐は笑顔だった。
「おいしいですかっ、よかったですっ。」

「今度はちゃんとお前が作ったものだしな。」
俺も箸を伸ばす。 「・・・・。」

上目遣いの、風子の視線が気になった。



・・・・・。



「うまい。」

それは自然に口からこぼれる。
素直な感想。
「これくらい、朝飯前ですっ」

「素直に喜べよ・・・・。」



「はぐっ、はぐっ。」
夢中でご飯を食べる汐。
今話しかけても、耳に入ってこないだろうな・・・・。

「しかし風子。お前星の形がすきなんて、結構かわいい趣味してるんだな。」
これは前から思っていたことだ。

パンをわざわざ星の形に焼いてもらったり、今回といい、よっぽど好きなんだと思う。
「岡崎さんっ、これは星じゃないです。」
「え?これ、星型じゃないのか?」

俺がそういうと、風子は俺の近くに体を寄せてきた。 「ふ、風子?」

「これはですね。」
俺の耳元で、彼女はささやく。
かかる息が、こそばゆい。

「・・・・・・・・・。」

「実は、ヒトデです。」

・・・・・・・・・・

「ッぶふううううううううううううううううううッ!!!!!!」

「パパ,きたない。」
「最悪ですっ」

あまりの衝撃に、つい吹き出してしまう俺だった・・・。






「ってーかヒトデはないだろ。」
夕食後、俺は風子と後片付けをしていた。
汐はテレビを見ている。

「何言ってるんですかっ。ヒトデほど愛らしいものは、この世にないですっ」
「力説するなよ・・・。」



かちゃかちゃ・・・。

皿を洗う音。



「ったく・・・。お前といると本当退屈しないな。」
「・・・・・・・・・。」

俺がそういうと、風子は黙ってしまう。
いつも騒がしいだけに、そういう態度をとられると、身構えてしまうな・・・。

「それは、風子といると楽しい、ということでしょうか。」
「ん、ああ、まあ、そうかもな。汐もお前といると楽しいみたいだしな。」

「汐ちゃん・・・・・。」
「汐ちゃん、さっき、風子の事呼んでくれました。」
「呼んだ・・・?」

「さっき、「ふぅちゃん、がんばって」って、言ってくれました。」

ああ・・・・。

そういえば、そんなことをいっていた気がする。
だからさっき、変な間があったのか・・・。
こいつは、そんな単純なことがうれしくて。

「汐ちゃんは着々と懐柔されていますっ」
「っていい感じに感想を上げている間にお前はそういうことを言うのかっ」

・・・そんな話をしながら、俺たちは並んで皿やフライパンを洗う。

誰かとこうして台所で並ぶのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
そう、渚と二人で過ごしていた、もう帰らぬあの日々以来・・・・・・・・・・・・。



「・・・・岡崎さんの奥さんは、料理は上手だったんですか?」



変なことを聞くやつだなぁ・・・。
「ん〜、まあ、取り立てて上手いってわけじゃなかったけど・・・。」
「でも、渚の料理は、いつも最高だった。」

「よくわからない評価です。」
「もっとはっきりしてください。」

「そうは言ってもなぁ・・・。」
「あ、わかりましたっ。」

「な、何がだよ・・・。」
「岡崎さんは、愛が最高の調味料だというつもりですっ!クサイですっ!!すごくクサイですッッ!!」

「お前ね、よくそんなこと思いつくよね・・・。」
でも・・・あながち間違いじゃない気もする。

よく聴く言葉だが、正直俺は信じていなかった。
だけど・・・。俺の好きな人が、俺のためだけに作ってくれる料理・・・。

そんな料理が、最高でないはずがないよな。
「なんだかにやけてて気持ち悪いですっ」
顔に出てたらしい・・・。

「いや、渚の料理は、本当に美味かったって、思い出してさ・・・・。」
「あいつ、いつも俺のために、新しい料理とか試したりな。」
「ふむふむ。」

「俺が最近疲れてるなって思ったら、あっさり目の料理を用意してくれたり、俺のことを気遣ってくれてたんだ。」
「渚はさ、いつもいつも、俺のために・・・。」



・・・いけね。

また視界がかすむ。

また・・・泣きそうになる。

「・・・・・。」
「また風子が、奥さんと面影が重なってしまうんですね。」
「それはもういいって・・・・。」

「わかりました。今日はもう、風子は帰ります。」 「風子・・・?」

「今日は無理やり家に入れてもらったので、あまり風子がいては迷惑でしょうから。」
「それに、風子は今日も岡崎さんを泣かせてしまいました。」

「だっておまえ、あとで銭湯行くって・・・・。」

「風子は忙しいんです。」
「今夜もおねぇちゃんから、いろいろ教わらなければなりませんっ」
「そうか・・・。」



洗い物を終えると、風子はくるっと汐のほうを振り返った。
「汐ちゃん、風子は帰ります。」
「せんとう・・・・。」

残念そうな汐の顔。

「ああっ決心が鈍りそうですっ」
ぎゅっと汐を抱きしめる。
「わっ。」
「くるしい・・。」

「でも、風子は決めたんです。今日はこのまま帰りますっ」 「・・・・・。」
「銭湯は、また今度行きましょう。」
「こんど?」

「風子と一緒にお風呂です。」
「汐ちゃんの背中を流してあげます。」
そういうと、汐は笑顔を風子へ返した。
「うんっ。」





「では、岡崎さん、風子は帰ります。」
「ああ・・・。また、来いよな。」

「はいっ。ですが、懐柔はあきらめませんっ」
「絶対に汐はやらないぞ。」
「そう言っていれられるのも今のうちですっ」 「はは・・・。」

「あ、風子。」
「なんですかっ」
「ハンバーグ、うまかったぞ。」
「うまかった。」

「・・・・・・・・・・・。」
風子が・・・・照れる。

「おねぇちゃんに比べたら、まだまだです。」
「だから・・・もっと風子はがんばります。」
「そしたら・・・。また食べてくれますか。」

「おう。いくらでも食べるぞ。な、汐。」
「うんっ。」
元気にうなずく。

「では、また明日ですっ」
風子はにこりと笑って、とてとてっと去っていった。




「きょうもたのしかった。」
最近風子が帰ると、汐がいつも言う言葉だ。
「そうか。」

「でも、せんとうはいっしょにいきたかった。」
「なんでだ?」

「パパとせんとうにいくと、じろじろみられるから。」
む・・・。汐はもう、そういうのが気になる年頃なのか。
「パパとおなじくらいのひとに、さわられそうになった。」

「・・・・・・・・・。」

信じられない奴らがいたものだな・・・。
「汐、大丈夫だったのか?」
「パパのほうににげたから、へいきだった。」

「・・・すまなかったな、汐、気がついてやれなくて。」
自分が、情けない・・・・。
俺はぎゅっと汐を抱きしめた。

「ごめんな。汐が怖い目に合っているのに、気がつかなくて。」
同じようなことを、もう一度言った。
「うん。」

「今日は、銭湯に行かないでおこう、な。」
「うん。」
こんなことを聞いては、俺はもう、汐を銭湯には連れて行けなかった。

「戻ろう。汐。」
俺は汐の手をとって、部屋に戻る。
「パパ。」

その途中、汐が口を開いた。
「どうした?汐。」
「ふぅちゃんとなら、いい。」



・・・・・・・・・・。

汐はもう、風子をすっかり信頼しきっているようだった。
「・・・・そうか。」
「うん。」




「おやすみ。汐。」
「おやすみ、パパ・・・・・。」

俺たちは早めに床に就く。
風子が来ていたので、俺たちは大いに楽しい時間を過ごして、疲れていたんだ・・・・・。
汐の口元からは、すぐに寝息が聞こえ始め、俺も、程なく深い眠りに落ちていった・・・・。

まどろむ意識の中で俺は、今夜は、いい夢が見られるような気がしていた。