目を覚ました。
とても寒い。
外は雪が降っている。
カーテンの隙間から光がさしていた。
その光が温かく感じる。
寝よう
でも、日が昇っているってことはもう学校へ行く時間だ。
そう認識しても無理があった。
どうしても布団から出たくなくなる。
俺は顔を布団中に入れてもう一度寝ようとした。


ピピピピピピ
ジリジリジリ


どこからか、目覚ましの音が聞こえてきた。


ピピピピピピ
ジリジリジリ


目覚ましの音で俺は起きてしまった。
何個もの目覚まし時計が鳴っている。


ジリジリジリ


一向に音がおさまらない。
違う部屋にいる俺のほうが目が覚めてしまう。
俺は目覚ましの音を止めるために廊下に出た。
「いったいなんなんだ!?」
名雪の部屋から聞こえてくる。
「あいつ、まさかまた起きないのか」
たくさんの目覚ましをセットしているがまだ起きる気配がない。
いろんな目覚まし時計を唖然として見てしまう。
「いったい、どうすれば起きれるんだ・・・」
ふっと、俺は悩んだ。


少し、イタズラしてやるか・・・



名雪の起こし方




こっそりと、名雪の部屋へ行った。
ギ、ギ・・・
聞こえるはずのない音までが聞こえてくる。
ケロピーを抱いて寝ているパジャマ姿の名雪が布団の中で気持ちよさそうにしていた。
「完璧にまだ寝ている・・・」
どうしても、これだけの目覚まし時計が鳴っている光景が夢のように見えてしまう
とりあえず、ほっぺをつついてみる。

なんとも反応しない。
ついでに名雪の胸も触ってみる。
「う・・・」
少し反応したが起きない。
「俺はいったい何をやっているんだ・・・」


祐一は何も反応しない名雪をずっと見た。
「普通に起こすか・・・」
名雪の体を揺さぶり、起こしてやった。


「名雪、今日は早いわね」
朝食を作りながら秋子さんが話してくる。
「祐一に起こされたから・・・」
ゆったりとした声を聞いておきたかと思えばこうだ___
「起こされたんじゃなくて起こしてやったんだ」
名雪は寝ぼけた顔を見せながら食パンを食べた。
「くかー」
まだ、起きてなかった。


「朝ごはん食べる」
ズゴイのんびりとした朝だ。
「くーーー」
名雪はまだ寝ている。
「秋子さん、名雪の顔にジャムをぬってもいいですか?」
「祐一さん、食べ物を粗末にしたらだめですよ」
「ふにゅー」
見ているこっちまで寝てしまいそうだ。
幸せな奴だ・・・
ちょっと、ジャムの塗ってやった。
やっぱり、イタズラしても起きない・・・


俺と名雪とのやり取りは毎朝こんな感じだった。
顔をつついてやったり、ケロピーを名雪から取ったりいろいろしていた。
だけど、どんなにやっても名雪は起きなかった。
名雪を起こすのは難しい。
というより、名雪を起こせる人がこの世にいるのか。
多分、いないだろうな・・・
でも、秋子さんなら・・・
秋子さんが起こせたら、こんな光景は起きるはずがない。
いったいいつから名雪はこんなによく寝るようになったんだ。
俺が子供だったころの名雪がどうだったかは覚えていないが、今と同じだったんだろうか。

俺は秋子さんに聞いてみた。
「秋子さん」
忙しい中、朝食を作りながらも俺の方に振り向いてくれた。
忙しい時に声をかけるのはまずかったか・・・。
「祐一さん、何ですか?」
こんな時でも声をかけてくれる。
でも、いきなりこの世に名雪を起こせる人はいるのですかなんて聞けないし・・・
秋子さんは家事をしながら笑顔を見せてくれた。
別の聞き方をするか・・・
「名雪は昔から朝起きるのが苦手だったんですか?」
結局は直接的な言い方になってしまった。
でも、秋子さんを見ているとどうしてかは分からないけれど違和感があるように見えた。
これはあまり深く聞いてはいけないような感じがする
でも、俺は言ってしまった。
何で、こんなことをいってしまったんだろうか?
俺にはよく分からないけれど何故かくすっと笑った。
すると秋子さんは、
「祐一さんは男の子だから難しいかもしれませんね」
答えになっていない。
相変わらず優しすぎる声だった。
本当なら怒られてもいいような場面なはずなのに・・・。
どうして、あの人は笑うんだろう・・・
俺には全く何の意味かさえ分からなかった。
その優しさがとても痛く感じる。
とても、冷たくて温かい。
本当にこの人は・・・。
一つ屋根の下で暮らしているのに全然分からない。


授業の中、にぎやかな教室でさえ静かさがある。
そういう雰囲気だからかもしれないが、やっぱり寝ていた。
名雪は家で寝ているだけでなく、授業中でも寝ている。
いつだって、寝れるやつだ。
ふっと何気なく授業中に横を振り向けば名雪が寝ている。
さっきまでは、起きていたのにもう寝ている。
試しにシャーペンをほっぺに突き刺してやった。
何がまるで自分が迷子だと気付いた子供のようにキョロキョロとしていた。
俺がイタズラしていると分かったとたん俺のほうへ向いてきた。
とても眠そうな顔だった。
たまには、俺がたたき起こされるような経験をしてみたい。
いや・・・、今の方がいいかもしれない・・・・。
それが名雪ってことだから
でも今の名雪ははっきり言って寝すぎだ。
「くかー」
また懲りずに寝てしまった。
いつ起きるんだ!?


昼休みに入った。
生徒の雰囲気が蛍光灯のスィッチを入れ替えた様に変わる。
一気に食堂に走る生徒
弁当をあける生徒
机を輪のように置く生徒
まるで別次元にワープしたかのように空間が変わっていく。
なんたって、名雪もいないし・・・
いつも寝ているはずの名雪がいない。
寝ていてもいいはずの時間なのにいない。
どうしてだろうか?
廊下に出てみる。
でも、名雪はいなかった。
そう言えば、香里もいない。
さては二人で何か俺に知られたくない話でもしているな・・・。
あまり、興味がない・・・
中庭でも行くか・・・
栞にも会えるかもしれないし・・・。


中庭では栞がいなかった。
とても寒い。
何でこんな寒いのに中にはに行こうとしたんだろうか。
普通こんな寒いところに行こうとする奴なんでいやしない。
いや、いた。
俺と同じ痛みを感じる奴が二人もいた。
その二人は女の子だった。
その二人は同じ学年だった。
その二人が真剣な顔をして話している。

名雪と香里が話していた。
「名雪、ホントあんたはよく眠るわよね」
あきれたかのように香里は話していた。
でも、名雪はいつもならゆったりとしているがどうも今の名雪は名雪らしくない。
「ううん、祐一にかまってほしいから・・・・」
だからずっと寝ていたんだ。
「ただ、それだけ・・・」
「祐一のことが好きなんだね」
「う・・・うん」
とても小さな口調で話していた。
小さくて大きな声
その声は聞こえないほどの大きさなのに大きく感じてしまう。
聞こえないはずの声が聞こえてくる。
「祐一は、ズゴイよ」
その声が優しく感じる。
「私は、祐一にかまってもらうだめにわざと寝たふりしたりして・・・」
そう、それでずっと寝ていたのだ。
俺は全く気付かなかった。
名雪がこんなことをしていたなんて気付かなかった。
俺の前でいつも寝ていた理由なんて考えてもいなかった。
「私って祐一と違って子供だよね」
「祐一は言いたい時に何も考えないで言って・・・」
「祐一って大人だよね」


それは違う
俺は子供だ
一つ同じ屋根の中で暮らしているのに名雪の気付かなかった俺のほうがずっとずっと子供だ。
一緒に登校しているのい全く気付くことができなかった・・・
・・なのに、名雪は。
・・。


男の子は言いたい時に言えるから大人であり、女の子は言いたくても言わないから大人なんだ。
男の子は男の子を子供と思い、女の子は女の子を子供と思う。
男の子は女の子を大人と思い、女の子は男の子を大人と思う。
それが二人で結び会ってこそ恋人になるんだ。
だから、名雪が思っているのは間違っているんだ。


俺は今日も名雪の思いを知らないような態度をしながら起こしていた。
ほっぺをつついたり、寝ている女の子の部屋に入ったり、シャーペンでほっぺをつついたりしながら・・・。
だけど・・・
寝ている理由が分かっていても・・・
・・・結局は変わらなかった。
だって、俺と名雪は・・・

二人は歩き出した
温かい春の道のりのを・・・
その道は何処までも遠く続いていたった。
ゴールのないスタートを踏みながら。